ゲーセンの雰囲気
凄いものを見た!
予備校から駅へ向かう道の途中に、最近出来た大きめのゲームセンターがある。
入口には仕切りが無く、比較的に開放的なゲーセンである
そこで、なぜか今夜は人だかりが出来ていた。2,30人はいただろう。
これは確実に「だれか有名人がいるな?」という感じだったので、
人ごみの奥を覗いてみると、
小太りのおっさんが「太鼓の達人(バンダイナムコ)」をプレイしていたのだ
それだけだった。しかし彼はタダモノではなかった
彼は二本のバチを手にして、二人用モードを一人でこなしていたのだ
しかも、あれはおそらく難易度は「ふつう」以上だったと思う
これは一人でやってもなかなか難しい
その上、彼はプレイ中に体をくるっと一回転させるパフォーマンスすらも見せたのだ
どうやら彼は、結構前に
「行列のできる法律相談所」に出演していた
『「太鼓の達人」の達人』その人であったらしい
…見事プレイしきると、見物人はみな彼に盛大な拍手を送った
筆者は思わず、その全貌をケータイで録画してしまった
さて、本題に入る。
実は筆者は、ほとんどゲーセンというものに行かない。
少なくとも、一人では今まで行った事が無い
自称ゲーム研究家としてそれはどうなんだ?というのはさておき…
なぜあまり行かないかというと、
「ゲーセン」という施設の醸し出す独特の雰囲気に嫌な感じを覚えるからである。
いったいなんなんだろう?
どうしてあんなに薄暗いのか。
どうしてあんなにうるさいのか。
イケナイお兄さんたちがたむろしてるし
ゲーセンというものにあまりいいイメージが無い
学校でも、あまり立ち寄るのはいいとされていなかった
アーケードゲーム自体にはもちろん興味はある
家庭用にはない楽しさもたくさん溢れているからだ
立派な研究材料である
しかし、そのゲーセンの悪い雰囲気が、筆者の足を止める
実際筆者も18歳であり、ゲーセンにいればそれだけで
「イケナイお兄さん」を見るような目で周りから見られている気がしてしまう
「ちょっとゲーセンいってくるわ~」なんて言われたら、かなりイメージ悪い
こういう雰囲気のせいで、ゲーセンに入りたくないと思う人は
恐らく筆者だけではないだろう。
闇と騒音が厚い結界を張っているようだ
これでは、せっかく面白いゲームがたくさん置かれているのに
かなり損をしているように思う
ゲームセンターは、日本では70年代末の
「スペースインベーダー(タイトー)」の人気で一気に全国で増えた
ゲームアナリストの平林久和氏によれば、
インベーダーブームをメディアが取り上げて、
子供が背をかがめて画面にくぎ付けになっている姿や、
ゲーセンでのゆすり事件なども報道されると、日本では
「『ゲームセンターは不良のたまり場』という世論が形成」されていった。
本来ゲームは、大学などの「教育の場」で生まれたものであったのに、
日本でこうしたゲームに対するねじれたイメージが根付いたのは、
こうした起源があったとする
筆者はゲームには最大の理解を示しているつもりだが、
ゲーセンの雰囲気だけはどうしても頂けない
その点に関してのゲーセン側の配慮も、十分でないように思われて仕方がない
だから筆者はかすかな野望を抱いていた
「静かで明るいゲーセンを作ろう!」と
ゲーム関連総合事業会社社長の筆者が、
「だれでも気軽に安心して楽しめる」をコンセプトにゲーセンを経営する
という妄想である
Bluetooth搭載の無線ヘッドホン(筺体に近づけば音が聞こえる)を
入場者に貸し出すことで、はたから見て静かなゲーセンが完成である。
しかし、今夜の光景を見て、少し考えが揺らいでいるのだ
もし、「太鼓の達人」の達人が、筆者の言う「しずか~な」ゲーセンで
超絶プレイをしていたとしたら、今夜のように
道行く人が足を止め、プレイに見入り、拍手を送るなんて事が起きただろうか?
筆者にとってもこんな体験は初めてだったが、
ゲームを通じて人々が一体になっていたのがすごい嬉しかった。
でもこれって、ゲーセン独特の雰囲気があってこそおこりえたんじゃないか?
とも思ってしまったのです。
ゲームという文化全体に流れる雰囲気を、
壊して大衆に近づけるべきなのか?
それともカウンター・カルチャーとして主張し続けていくべきなのか?
その答えは、まだ筆者にはわからない
とまぁ書きましたが…
全然話がまとまってない(泣
時間が無くて焦っているうえに、眠い~
受験が終わったらちゃんともう一回練り直そうと思います
ああ、下手な文章を晒すのも恥ずかしいなぁ…
予備校から駅へ向かう道の途中に、最近出来た大きめのゲームセンターがある。
入口には仕切りが無く、比較的に開放的なゲーセンである
そこで、なぜか今夜は人だかりが出来ていた。2,30人はいただろう。
これは確実に「だれか有名人がいるな?」という感じだったので、
人ごみの奥を覗いてみると、
小太りのおっさんが「太鼓の達人(バンダイナムコ)」をプレイしていたのだ
それだけだった。しかし彼はタダモノではなかった
彼は二本のバチを手にして、二人用モードを一人でこなしていたのだ
しかも、あれはおそらく難易度は「ふつう」以上だったと思う
これは一人でやってもなかなか難しい
その上、彼はプレイ中に体をくるっと一回転させるパフォーマンスすらも見せたのだ
どうやら彼は、結構前に
「行列のできる法律相談所」に出演していた
『「太鼓の達人」の達人』その人であったらしい
…見事プレイしきると、見物人はみな彼に盛大な拍手を送った
筆者は思わず、その全貌をケータイで録画してしまった
さて、本題に入る。
実は筆者は、ほとんどゲーセンというものに行かない。
少なくとも、一人では今まで行った事が無い
自称ゲーム研究家としてそれはどうなんだ?というのはさておき…
なぜあまり行かないかというと、
「ゲーセン」という施設の醸し出す独特の雰囲気に嫌な感じを覚えるからである。
いったいなんなんだろう?
どうしてあんなに薄暗いのか。
どうしてあんなにうるさいのか。
イケナイお兄さんたちがたむろしてるし
ゲーセンというものにあまりいいイメージが無い
学校でも、あまり立ち寄るのはいいとされていなかった
アーケードゲーム自体にはもちろん興味はある
家庭用にはない楽しさもたくさん溢れているからだ
立派な研究材料である
しかし、そのゲーセンの悪い雰囲気が、筆者の足を止める
実際筆者も18歳であり、ゲーセンにいればそれだけで
「イケナイお兄さん」を見るような目で周りから見られている気がしてしまう
「ちょっとゲーセンいってくるわ~」なんて言われたら、かなりイメージ悪い
こういう雰囲気のせいで、ゲーセンに入りたくないと思う人は
恐らく筆者だけではないだろう。
闇と騒音が厚い結界を張っているようだ
これでは、せっかく面白いゲームがたくさん置かれているのに
かなり損をしているように思う
ゲームセンターは、日本では70年代末の
「スペースインベーダー(タイトー)」の人気で一気に全国で増えた
ゲームアナリストの平林久和氏によれば、
インベーダーブームをメディアが取り上げて、
子供が背をかがめて画面にくぎ付けになっている姿や、
ゲーセンでのゆすり事件なども報道されると、日本では
「『ゲームセンターは不良のたまり場』という世論が形成」されていった。
本来ゲームは、大学などの「教育の場」で生まれたものであったのに、
日本でこうしたゲームに対するねじれたイメージが根付いたのは、
こうした起源があったとする
筆者はゲームには最大の理解を示しているつもりだが、
ゲーセンの雰囲気だけはどうしても頂けない
その点に関してのゲーセン側の配慮も、十分でないように思われて仕方がない
だから筆者はかすかな野望を抱いていた
「静かで明るいゲーセンを作ろう!」と
ゲーム関連総合事業会社社長の筆者が、
「だれでも気軽に安心して楽しめる」をコンセプトにゲーセンを経営する
という妄想である
Bluetooth搭載の無線ヘッドホン(筺体に近づけば音が聞こえる)を
入場者に貸し出すことで、はたから見て静かなゲーセンが完成である。
しかし、今夜の光景を見て、少し考えが揺らいでいるのだ
もし、「太鼓の達人」の達人が、筆者の言う「しずか~な」ゲーセンで
超絶プレイをしていたとしたら、今夜のように
道行く人が足を止め、プレイに見入り、拍手を送るなんて事が起きただろうか?
筆者にとってもこんな体験は初めてだったが、
ゲームを通じて人々が一体になっていたのがすごい嬉しかった。
でもこれって、ゲーセン独特の雰囲気があってこそおこりえたんじゃないか?
とも思ってしまったのです。
ゲームという文化全体に流れる雰囲気を、
壊して大衆に近づけるべきなのか?
それともカウンター・カルチャーとして主張し続けていくべきなのか?
その答えは、まだ筆者にはわからない
とまぁ書きましたが…
全然話がまとまってない(泣
時間が無くて焦っているうえに、眠い~
受験が終わったらちゃんともう一回練り直そうと思います
ああ、下手な文章を晒すのも恥ずかしいなぁ…
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